とある神官の話
「お、踊れませんよ私」
「何とかなりますよ」
「え、ええ?」
お酒の入ったおじさま方の「いいぞ若いの!」やら「あの神官さまイケメンじゃないの!」やら喧しい。というか、あまり注目しないでくれ…。
しぶしぶ立ち上がる私に、ゼノンはぐっと手を引っ張る。おっと、とバランスを崩しかけるが、ゼノンがさりげなく支える。逃れようとするが、そのまま「合わせて」と。合わせてって、どうしたらいいのかわからない。
ステップ。見ているのとやるのでは全然違う。
だが、なんだろう。
賑やかな音楽と、絡まる腕。回る視界。お酒が入っているから、暑い。
気がつけば、笑っていた。
何度か踊ったあと、私が根をあげた。ぐらぐらする中で、ゼノンもまたうなずき輪から抜けた。二人して何だか可笑しくて落ち着くまで座りながら、まだ踊っている人たちを見ていた。
「ゼノンさん、踊れるんですね…びっくりしましたよ」
「実は、その、引っ張られたことがありまして」
「なるほど」
ランジットが引っ張られるなら、同席しているゼノンだってそうなるだろう。
お会計を済ませると、すでに外は真っ暗だった。ひやりとした空気がきもちいい。
耳にはまだあの賑やかな音楽が残っていて、足元が浮わつくような気分だ。
あんな風に踊ったことなんてない。恥ずかしいような、なんとも言えない。それはゼノンも同じらしい。顔が赤色に薄く染まっていた。
「あー、何だかすっきりしました」
吐き出すように出た言葉に、ゼノンが首をかしげる。
「なんというか、考え事とかのもやもやがすっきりしました」
「それはよかったですが…何か悩みでも?」
「悩みというか…まだ、まわりの視線とかがあっていたまれない気分になるんです。最初に比べると減ったんですけど、あまりじろじろされると」
「されると」
「見るな寄るな!ってトゲトゲしたくなるんです」
「でも、そう言われると余計見たくなってしまいますよね。じっくり」
「なんか、変態くさいです。ゼノンさん」
互いにお酒が入っている。
私も、酔いがまわっていることは実感している。強いかどうかわからない。ゼノンとお酒を飲むだなんて思ってもみなかったから。
お酒が入っているからか、あるいは気分か。それとも…こらえきれなくなったか。言葉が出た
「ゼノンさんは、どうして私なんですか」
こんな質問、普段ならしない。したこともあった気がするが……。
夜とはいえ、聖都であるから人の姿はまだ見ることが出来る。店もやっていて、灯りが眩しく感じた。
ヴァン・フルーレから、私がさらわれて助けられることになるまでの間、私はゼノンとは話していない。
ゼノンが術式を受けたということを聞いたて、私は聖都へ向かうことを決めた。聖都へと来てから、ランジットと話したことが思い出される。
ランジットに、"気持ちは本物だから、ちゃんと受け取ってやってくれ"などというようなことを言われたのだ。