とある神官の話
最終章

それは多分未来を想像させる出来事で





  * * * 



 ――――そこは体育館のような場所であった。

 もっともただの体育館ではない。あちこちに堪えきれるように術がかけられている特殊な場所である。今そこには、見習いの神官らの姿があった。訓練所、といえる。だが見習いばかりが使うわけではないから、鍛錬場ともいえるのだ。
 見習いに混じっているのは、彼らに教える側の者がいる。見習いではなく、ちゃんとした神官だった。両者とも動きやすい格好をしていた。


 神官になるのに、こうした場所で訓練するということは必ずある。が、何も神官の皆が戦えるわけではない。向き不向きというものが存在するし、神官でも戦う専門もいる。

 "能力持ち"なんかでは顕著となるだろう。

 能力持ちといっても、攻撃を主とするものや、守護の力に……と様々だ。攻撃を主とする能力持ちの場合はやはり多少動けなくてはならないだろう。全く剣を使えないというのは都合が悪い。攻撃の力は魔物なんかには特に使うものだから。
 それから、能力持ちはまず力をコントロール出来なくてはならない。自由に使いこなせなくては意味がないのだ。


 となると、訓練には怪我やハプニングが付き物である。
 普通の神官でさえ、本物の剣を使えば怪我をする。能力持ちでも同じだ。炎ならばあちこち焼き払ってしまうかもしれないし、水だって同じようなもの。

 能力持ちには、やはり能力持ちの教官が必要となる。
 一番いいのは、見習いの神官と同じ能力の者が教官となっていることである。同じような力ならば共通に理解できるだろう。が、能力だって様々だということを忘れてはならない。




「っあ!」




 見習いの一人が青ざめる。
 床が見事に凍ったと思ったら、今度はそれに炎が舐めるように滑っていき蒸発させる。だが、それだけではなかった。
 氷と炎の力がぶつかり合い、跳ね返されたのは氷だった。

 誰かが危ない!と叫んだ。
 
 すぐそこに迫ったそれを、避けなかった。避ければ後ろにいる見習いらにぶつかる。
 腕をあげた。すると氷は粉々となり散っていく。一瞬の出来事だった。
 慌てて教官が走ってくる。





「ご無事ですか、エルドレイス高位神官殿」

「ええ。平気ですよ」

「…申し訳ない。私の力不足です」

「そんなことはありません。彼らは前に比べるとずいぶん上手くなっています」





 能力持ちは少ない。
 訓練するにも、能力持ちの教官もまた少ない。
 
 そういうこともあって、私は現在ここにいた。能力持ちの神官として。教官ではないが、特別講師、というところか。座がくでもたまにやるから、珍しいことではない。
 ――――が。
 教官が戻り、氷の能力持ちの見習いが頭を下げるのを気にするなと、手をあげる。すると黄色っぽい声が混ざった。


 ちなみに、私の後ろではランジット・ホーエンハイムが能力を使わずのぶつかり合いを繰り広げられている。

 ランジットは神官だが、主に剣を持ち攻撃する者だ。兵士、に近い。そんな彼らは貴重な能力持ちとペアにされることも多い。私の相棒は長いこと彼だった。少年時代からよ知り合いであるから腐れ縁ともいえる。
 黒髪に、珍しい赤い瞳という組み合わせに、武闘派であるから怖がられることもしばしば。気味悪がられることもあったが、最近は少ない。時に酷く訛るし、子供には人気(うるせーよ、と言いそうだ)で―――親友、といっていい。親友だなどとは口には言わないが、頼りになる男である。


 高位神官というのは、暇ではない。
 今回はあのランジットからやってきたものである。

 部屋に引きこもっているのも飽きるからと、引き受けたのだが。
 さっきから視線が刺さる。
 




「あ、あの」





 さて戻ろう、と思った矢先のこと。
 何だ。
 ずらりと並ぶのは、見習い。女性ばかりである。近寄ってこようとしていたランジットが"大変だな"と歩みを止めた。見ているつもりらしい。




「お昼はどうされるんですか?」

「あの!もしよろしければご一緒にどうですか?」

「あのあの、噂で聞いたんですが、こ、恋人がいるっていうのはっ!?」






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