とある神官の話
聖都にはいくつかの教会がある。大小様々だが、ここは小さな教会だった。
敷地も広いとはいえない。数十人で限界だろう。が、さすがは聖都にあるだけのことはあり、教会は由緒ある建物である。
歴史があるということは、それだけ様々な物語があるわけだが、あいにく私は知らない。
なので「ここの教会はですね、シンデレラストーリーが」云々話し始めたミイラ男、ヨウカハイネン・シュトルハウゼンが話すそれを聞くことになった。私自身嫌いじゃないので耳を傾けていたのだが、早々に「蘊蓄は一通り終わってからにしろ」と毒舌大魔王、ミスラ・フォンエルズ枢機卿がミイラ男を引きずっていってしまったので全ては聞けなかった。
――――そして、今。
着ることなどほとんどない、むしろ初めてであるドレスに身をつつみ、私はとあることを話していた。
「―――先輩、それからまっすぐブランシェ枢機卿の家へ行ったみたいで、次の日ブランシェ枢機卿にそのこと聞いてびっくりしましたよ」
「私も聞きましたよ。まあ、のろけにしか聞こえなかったので私も対抗してのろけてやりましたが」
「な、何話したんですか!?」
「ふふふ、秘密です」
何を言ったんだこの人は!
あれか?それとも…と考えるが、ゼノンのことだ。何をのろけとして話したのかさっぱりである。
諦めて、私は礼服をまとったゼノンをちらりと見る。
銀色の髪の毛は太陽の光によって輝いて見え、ゆったりと結わえられている。そして完璧ともいえるような輪郭には、バランスよく眉や目、耳、唇がおさまっている。
その目は現在、教会から出てきた二人へと注がれている。
―――ゼノン・エルドレイス。
私の、恋人である。
付き合って日にちがたってもなお、恋人というそれに慣れないのは私だけである。一方のゼノンはといったらけろりとしている。ランジットからはよくノロケられると苦情がきていた。一応ゼノンに言ったのだが効果は期待できない。
が。
どこから聞いたのか、ゼノンの養父フォルネウスがあれこれ知っているらしいことを聞いたときには、恥ずかしくて死にそうになった。
しかも「こんな馬鹿息子だが宜しくな」などといわれ、親公認状態――――ちなみに、セラヴォルグが亡きあと、世話をしてくれたアーレンス・ロッシュが「まだ嫁になんぞやるか!」と叫んだらしいことを、毒舌大魔王(フォンエルズ枢機卿)から聞いた。どうやら何か魔王様が話したらしいそれに、アーレンスが爆発した、というところだろう。
……バルニエルに行くのが怖い。
しかし、だ。
結婚だなんて、私は遠い何かだと思っていた。彼氏すらいなかったし。今もあまり考えていない。むしろ考える暇がない。
私自身、ゼノンとの日々が全てで、刺激ともいえる。それが、全てだ。何をどうしむらいいのかわからないし、手探り状態で。
相談しようにも回りは奇人変人ばかりだし、唯一アゼル先輩という頼りがいのある人がいるが、先輩も先輩で色々とあって大変なのである。余計な心配はさせたくない。ブエナにもらしたら「やりたいようにやればいいんだよ」とか「どうせらな押し(略)」などとんでもないことが飛び出してきたり――――。
恋人、というだけで今はいっぱいいっぱいなのである。
それをゼノンは「シエナさんらしくでいいんですよ」とニヤニヤしながらいう。ニヤニヤしないでいってくれればいいのに…。しかも、らしくって結構謎だ。
……でも。
曖昧な関係から、"恋人"というはっきりとした関係となって、心地よい日々が続いているのは間違いない。
私の回りにいる人はみな、私の過去を知っている。私の暗い過去を。
私自身、己の過去を話せない部分がある。トラウマというか、傷の部分。
私自身の過去からあれこれと問題視されていたことも知っていたし、上の人たちが私の過去を知っているのは仕方ないとはいえ、いい気分ではなかった。あんなこと知られるのは、嫌だったのだ。他人は怖れて、気味悪がるだろうから。
怖かった。
誰かに知られて冷たい目で見られるのが、囁かれるのが。
このまま私は自分の過去を背負って、ひっそり生きていくと思っていた。それでもいい。拭いきれない不安を抱えて、過去を閉じ込めて、聖都で仕事をしていた私―――。
神官として仕事をしていた日々は、昔に比べると平和で穏やかだった。
それからまた色々と波乱にみちて大変だったけれど、今は本当に穏やかだ。
過去を知っていても、私には味方でいてくれる人もいる。好きだといって傍にいてくれる人がいる。
――――幸せだと思う。