重なる身体と歪んだ恋情
もう、帰るの?
なんて聞けるはずも無い。
彼は無言で私の腰を押してどんどん前に進むから私もそれに着いていく。
ダンスホールから離れて人気の居ない場所へ。
そこで、彼の足が止まった。
「感心しませんね」
いつもより低い声にビクッと私の肩が震える。
「仮にも既婚者が軽々しく夫以外の男性とダンスとは」
「……すみません。あの、久しぶりに先生にお会いして懐かしくて」
「もう先生では無いと聞きましたが?」
そうだけど。
「それでも、私にとっては先生ですから」
今は違うといわれても私は先生を先生としか呼べない。
「英語の教師だったとか。あまり有能ではなかったようですね」
「……」
何も、言い返せない。
彼は何も先生だけのことを言ってるのでは無いのだと思う。
寧ろ私のことを言ってるんだろう。
「どちらにせよ、次からは気をつけて。皆さんの注目を浴びてましたよ」
「えっ?」
「そうでしょう? 夫以外の男と楽しそうにダンスを踊っていれば噂好きなマダムの格好の餌食です」
「そんなつもりは――っ」
「帰りましょう。気分が悪い」
私の言い訳なんて聞くことも無く足を出口に向けて歩き出す奏さん。
当然、私へのエスコートなんてあるはずも無くて。
だからといってここに立ち尽くすわけにも行かないから私も彼の後をゆっくりと歩き始めた。
履きなれない靴が痛い。
多分、靴擦れを起こしたんだと思う。