重なる身体と歪んだ恋情
「せんせっ」
人差し指を口元に当てて静かにするように「しー」と言われて、私は咄嗟に自分の口を覆った。
すると先生はニコリと微笑んで。
「こんな雨の日にも君が来るとは思わなかった」
なんて。そんなの、
「私も、です」
そう答えると先生はまた優しく微笑んでくれて。
「もっと人のいないところに行こうか、ご主人に見つかったら困るでしょう?」
「あ」
先生は私の手を引いて階段を上がって下から見えない踊り場へ。
その手が暖かくて、
「ここなら大丈夫」
そう言って離されてしまうのが寂しいと感じるくらい。
すると先生の手が私の頬に触れて、
「痩せたね」
「え?」
「学生時代から見るととても痩せてる。ちゃんと食べてる?」
「あ、……大丈夫、です」
自分では痩せたつもりは無いのだけど。
頬に添えられた手に、向けられる先生の視線にドキドキす自分を感じる。
「聞いたよ、結婚といっても家の借金のために嫁いだとか」
「――っ」
「可哀想に」
「……可哀想?」
私は可哀想なの?
だってお祖母様は幸せだって。
あんな優しい旦那様を持ってとても幸せな子だって。
「あっ」
すると先生は私を抱きしめ子供をあやすように背中を撫でて。
「……」
こんなの、ズルイ。
まるで父様にしてもらってるようで自然と涙腺が緩みそうになってしまう。
「桜井さん、幸せ?」
「え?」
「結婚は幸せになるためにするものなんだよ」
「……」
私も、そう思っていた。結婚するまでは。
「君の旦那様は仕事ではかなり優秀らしいね。それ以上に噂では女性関係も派手らしい。知ってた?」
「……それは」
見ていれば分かる。
一緒に住んでいるから、なんていうのもおこがましいくらい同じ時間なんて過ごしていないけど、彼の持ち帰る残り香に、シャツに付けられた紅に、気付かないフリをするのは難しい。
視線を逸らして俯けばまた先生がポンポンと背中を撫でて。
「君はこんなにも魅力的なのに」
「え?」
驚いて顔を上げると先生はふんわりと笑顔を見せて。
「そ、んな私に魅力だなんて」
あるはずが無い。
だから彼は私に興味が無いわけで、形ばかりの夫婦で――。
「とても魅力的だよ。学生のときより大人びて笑ってるときなんて本当に」
言われなれて無い褒め言葉にどう返していいか分からない。
そんな私に先生はクスリと笑って。
「知ってる? 笑顔は周りまで幸せにしてくれるって。君の周りは笑顔で溢れてる?」
「あ――」
『作り物でも笑顔でいれば――』