重なる身体と歪んだ恋情
その日、彼の帰りは早かった。


「気分が優れないとか。大丈夫ですか?」

「……大丈夫です」


だから寝たふりも通用しない。


「明日、病院に行かれては?」

「今日も行きました」

「それはお見舞いでしょう? 貴女のために行ってきてはといってるのです」

「……大丈夫、です」


そう言い張る私に彼は小さく息を吐いて、それから手を私の額に当てた。


「熱は、ないようですね」


今日は、白檀の香りがしない。

当たり前だ。

こんなに早い時間だもの。


「食欲もないようですね。何か食べたいものは? 食べないと身体に触ります」

「はい……」


額に置かれた手が、温かい。


「欲しいものは?」


そっと髪を撫でて聞く声が、優しい。


「ない、です」


だけど、これは愛されてるわけじゃない。

私の身体が大事なだけ。

この身体に宿る子供が欲しいだけ。

私自身を必要としてるわけじゃない。


「明日、病院に行ったほうがいい」

「……」

「いいですね?」

「はい……」


きっと、子供が出来たことがわかったら、この手も声も、もう私には向けられない。

なら、それはどこに行くの?

そう考えたとき、八重さんの言葉が頭に浮かんだ。

新橋の、葛城。

彼がそこに行くのなら、

私がひとつくらいもらってもいいと思うの。

なにかひとつくらい、私に残して……。
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