重なる身体と歪んだ恋情
「どうぞ」


案内されたのは立派な門構えのある料亭だった。


「まだお店は開けておりませんのこちらへ」


だから通されたのは店の門からではなく裏から。

きっと、彼のことを考えてなのかもしれない。

私の顔なんて社交界でもそれほど知られてはいないとおもう。

それでも噂や醜聞が広まらないことに越したことはないから。

こんな気遣いだけでも、彼女の器用が知れてなんとなく顔を上げられなくなってしまった。


「私の部屋ですが、よろしいですか?」


彼女に言われコクリと頷くとひとつの部屋に通された。


「――っ! んんっ!!」


その部屋に入った瞬間、白檀の香りに襲われて吐き気まで襲ってきた。


「奥様? いかがなされました!?」


大丈夫。そういいたいのに答えることができずに蹲る私。


「奥様!」


彼女の手を振り切って外に繋がる廊下まで走って、そこで大きく息を吐き出した。

小さく浅い息を繰り返して呼吸を整える。

そんな私の姿を見て、追いかけてきた彼女は「大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。


「すみません、あの、白檀の香りが、ちょっと苦手で……」


そう答えると彼女はふわりと笑って、


「そうでしたか。どれではこちらへ」


違う部屋へ案内してくれた。


「お茶でよろしいですか?」


はいと答えると彼女は熱いほうじ茶を入れる。

その香りが心地よくて少しだけ落ち着いていくのが分かった。

それからゆっくりと彼女を見る。

多分年は20代半ば。

私なんかより落ち着いて気遣いも気配りもよく出来ている。

立ち居振る舞いもしとやかで、何もかも私とは違う。

だからこそ、彼女なんだとすなりと受け入れられるほどに。


「申し送れました。私、葛城の若女将をして降ります佐和子と申します」

「あ、私は――」

「桐生奏様の奥様で千紗様、でよろしいですか?」


そういわれてしまって、私は「はい」と答えた。


「桐生様のお話どおり、可愛らしい奥様ですこと」


八重さんのときとは違う。

彼女の言葉にいやみは無く、本当にそう思ってくれているのがわかって、余計でも恥ずかしさがこみ上げてくる。

彼女には、佐和子さんには敵わない。

だから、


「今日は、お願いがあって参りました」


私は素直に口にすることが出来た。
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