魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
彼は、ホルンの村の最奥にあたる二階建ての大きな家に籠もり、彫刻刀を手に腕まくりをして巨大な水晶の前に立っていた。

手は水晶の粉で白くなっていたが、昼夜を問わず彫刻に夢中になっていたらしく、窓の外を見ると真っ暗になっていたので、ランプに火を燈して息をつきながら十数時間ぶりに椅子に座る。


彼の背は約180㎝はあったのだが、翼の生えた美しい女性となった水晶の像は同じほどの大きさで、とても満足のいく出来となったために売る気がなくなり、額に浮かんだ汗を濃紺のシャツの袖で拭う。


「もう夜か…」


壁沿いの戸棚には、彼が生み出した彫刻やレリーフが所狭しと置かれている。

彼は村1番の彫刻アーティストで、ひとつ作品を生み出すと、何年かは遊んで暮らせるほどの金を生み出し、彼に彫刻を彫ってもらいたいと願い出る者がひっきりなしに村を訪れては断られて肩を落として帰って行く光景が名物となっていた。


誰かのために作品を作ったことはない。

自分のために作っていたものがいつしか村の者に知られてしまい、売り物として置いてもらうとすぐに売れてしまったことで有名になってしまった。

自分の希望ではない。

希望では…


「明日は買い出しに行かなきゃ。…行きたくない…」


人前に出ることを極端に嫌う彼は、村に出ると1か月分の食材を買い込んで家に籠もり、彫刻に明け暮れる。

時々森の中に入って枯れ枝や木の実を集めて小さめのレリーフを作ったりして気分転換をするが、それも高値で売れるので、よほど気に入らない限りは手元に残すことはない。


「シャワーでも浴びよう」


ずっと独りで暮らしてきた彼の家はあちこち蜘蛛の巣だらけで、今まで掃除をしたことがない。

近所の子供たちからは“お化け屋敷”と言われて怖がられて近寄ってこないので、喧騒を嫌う彼にとっては絶好の環境だ。

使用している部屋もベッドルームとバスルームと工芸品を作る時に使っているリビングルームの3部屋で、他の部屋は常に真っ暗の状態。


こんな静かな暮らしをしているからこそ、彼は村に美男美女が現れて大騒ぎになっていることに気付いていなかった。


「買い出しをして、要らない彫刻を売って…それだけでいっか」


壁に両手をついて頭からシャワーを被り、水滴がしなやかな身体を滴り落ち、彼自身が彫刻品のように美しかった。

だが、彼の容姿を誉める者はこの村には居ない。

彼はこの村を出たことがない。


彼はまだ、気付いていない。
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