週末シンデレラ
「詩織、腹を立ててるのはわかったから、今はちょっと黙っててくれない? グロスが塗れないのよ」
「はーい。……んっ」
麻子に注意され、わたしが大人しく唇を引き結ぶと、ピンク色のチップが滑っていく感触があった。
普段はリップクリームしか塗らないので、ねっとりとした質感が慣れない。
「で、できた……?」
麻子がわたしから離れ、しげしげと顔を見つめてくる。
鏡に背を向けて座らされているわたしには、今、自分がどういった顔になっているのか、メイクが完成したのかどうなのか、なにもわからなかった。
グロスを塗ったらできあがりだと思ったんだけど……。
昼過ぎからお邪魔して、かれこれ一時間以上メイクをしてもらっている。そろそろ完成してもいい時間だと思っていた。
わたしが上目で麻子にたずねると、彼女は納得したようにうなずいた。
「うん、できた!」
「ホント? 鏡、見てもいい?」
「いいけど、驚いて腰ぬかすんじゃないわよ」
麻子はアーモンド形の瞳を細めてにっこりと微笑み、自信ありげに腕を組んだ。
「自分の顔見て、腰ぬかすって……そんなわけないじゃん」
そう言いながらも、自分の胸がドキドキと脈打つのを感じる。
こんな風に、丁寧にフルメイクをしてもらったのは初めてだ。どんな顔になっているのか、想像できない。