週末シンデレラ


「詩織、腹を立ててるのはわかったから、今はちょっと黙っててくれない? グロスが塗れないのよ」
「はーい。……んっ」

麻子に注意され、わたしが大人しく唇を引き結ぶと、ピンク色のチップが滑っていく感触があった。

普段はリップクリームしか塗らないので、ねっとりとした質感が慣れない。

「で、できた……?」

麻子がわたしから離れ、しげしげと顔を見つめてくる。

鏡に背を向けて座らされているわたしには、今、自分がどういった顔になっているのか、メイクが完成したのかどうなのか、なにもわからなかった。

グロスを塗ったらできあがりだと思ったんだけど……。

昼過ぎからお邪魔して、かれこれ一時間以上メイクをしてもらっている。そろそろ完成してもいい時間だと思っていた。

わたしが上目で麻子にたずねると、彼女は納得したようにうなずいた。

「うん、できた!」
「ホント? 鏡、見てもいい?」
「いいけど、驚いて腰ぬかすんじゃないわよ」

麻子はアーモンド形の瞳を細めてにっこりと微笑み、自信ありげに腕を組んだ。

「自分の顔見て、腰ぬかすって……そんなわけないじゃん」

そう言いながらも、自分の胸がドキドキと脈打つのを感じる。

こんな風に、丁寧にフルメイクをしてもらったのは初めてだ。どんな顔になっているのか、想像できない。


< 10 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop