桜縁
「たがら、私の何が鈍いと言うのだ!?」
鈍い鈍いと言われ、さすがに頭にくる桂。
だが、高杉は負けずに続ける。
「その紙を民の前にさらけ出しちまったら、お前は二度とその女とは会うことが出来ん!!つまり、お前が今までそいつを想っていたことなど、無駄になっちまうということだ!!」
「……!」
高杉は気づいていたのだ。
桂が敵である月を好きだということを。
心から愛していることを…。
妻がいるといっても、互いに好きで結婚したわけでもなく、ただ政略で夫婦になるしかなかったから、一緒になっただけだ。
そこに愛などない…。
夫婦で愛していても、本当の愛でないことを夫婦共にとっくに気づいている。
幾松も桂より年上故に、子供が出来ない身体になり、月が側室になるかも知れないと聞いた時は、寂しげではあったが、心から二人の結婚を祝っていた。
しかし、今となっては敵でしかない。
長州へ帰っても、忘れることが出来ず、過激派の陰謀も月のために、あえて吉田に情報を流したのだ。
月の居場所を奪うことがないように……。
それを高杉は全て承知の上で言っているのだ。
それは藩主が臣下に向ける目ではなく、長年の親友が友に向ける強い眼差しであった。
愛する女が敵になってもいいのかと……。
桂は目を閉じ、自分の中の想いに整理をつける。
そして、まっすぐと高杉を見た。
「ああ。それでもいい。敵であっても彼女は彼女だ。僕はその範囲で彼女を愛せれば充分だ。」
それは紛れもなく、今言える精一杯からの本心の声だった。
敵であるなら、その想いの中で愛するしかないのだ。
その決意を聞いて、高杉はニヤッと笑う。
「はっ!言ってくれるぜ!なら、もうこれを出しても、決意は変わらないな?」
「ああ、もちろんだ。行こう、民が待ってる。」
桂は高杉と共に幕府に怒り狂う民達の前へと出て行った。
夜の多くの灯の中、藩邸前には過激派を指示する民と二つの棺が置かれていた。
長州藩士である証……。
長州の旗印の鳳凰が描かれている垂れ幕が棺にかけられていた。
藩邸前には高杉達を中心とする重役やその妻達も葬儀に参列していた。
しかし高杉の妻、美智子は娘である蛍の準備のため参列はせず、その侍女『お清』を代わりに参列させていた。