赤き月の調べ



「やっぱり、間違いない。この匂い……」


 息苦しさよりも、鋭いナイフで切りつけられたような痛みに、希空は歯を食い縛った。ここで叫んだら、悪戯に喜ばせそうな気がしたから。


「ほらな、極上品だ。今日はついてたな」


「そういや、今夜は犬野郎がいないな」


 男の一人が空気を嗅ぐような仕草をみせた。すると、一人だけ一言も喋っていない男がナイフを構える。


 つられて希空も視線を向けようとした。息苦しくて霞はじめた目では、誰が立っているのかわからない。


 聞こえてくるのは、低い唸り声だけだ。


 野良犬でも現れたのかとぼんやり思うが、なんの助けにもならない。


(もう、嫌)


 希空は自分を繋ぎ止めるのをやめ、全てを覆いつくす闇に身を預けた。


< 39 / 43 >

この作品をシェア

pagetop