赤き月の調べ
「やっぱり、間違いない。この匂い……」
息苦しさよりも、鋭いナイフで切りつけられたような痛みに、希空は歯を食い縛った。ここで叫んだら、悪戯に喜ばせそうな気がしたから。
「ほらな、極上品だ。今日はついてたな」
「そういや、今夜は犬野郎がいないな」
男の一人が空気を嗅ぐような仕草をみせた。すると、一人だけ一言も喋っていない男がナイフを構える。
つられて希空も視線を向けようとした。息苦しくて霞はじめた目では、誰が立っているのかわからない。
聞こえてくるのは、低い唸り声だけだ。
野良犬でも現れたのかとぼんやり思うが、なんの助けにもならない。
(もう、嫌)
希空は自分を繋ぎ止めるのをやめ、全てを覆いつくす闇に身を預けた。