不誠実な恋
「雑貨屋、服屋、ジュエリーショップ。何処にもおらんとなると、後は何処や…」


呻くような独り言も、喉の奥から自然と込み上げてくる。
新幹線の事故や延着は無かったはずだし、慌てて携帯で確認した交通情報でも取り立てて事故の報告は無かった。だとすれば、彼女は必ずこの館内には居るのだ。

館内案内図に指を這わせながらブツブツと独り言を呟く俺の左手の中で、ブルブルと着信を知らせる振動があった。慌てて表示を確認して、待ち人ではなかったことに大きく溜息をつく。

「はい、佐久間です」
『あっ、先生?今良い?病院?』
「ちゃうよ。出先やけど何?」
『今何処に居る?もし自由に動けるなら、うちの近所のデパートまで来て欲しいんだけど』
「おねだりやったら今度にして。欲しいもん何でも買うたるから」
『違うの、あのね…』

何が違うのだろうか。そんなことはどうでも良い。
そう思って携帯を耳から放そうとした瞬間、ゾクッと背筋を何かが走る。

嫌な予感がする。と、これでもかというくらいに耳を押し付けて電話の向こう側の声に耳を澄ませた。

「何?今何て?」
『だから、トイレですっごく具合が悪そうな人を見つけたんだって。病院に連れて行きたいから車出して』
「その人…もしかして色白でセミロングの茶髪?関西弁喋る人?」
『えっ?そうだけど…』
「指輪してへん?左手の薬指に。ダイヤの入ったピンクゴールドの」
『えっ…あぁ、うん』
「何階?すぐ行くからトイレの外で待っとって」

ボタンを押すより先に、エスカレーターを駆け上がろうとする足の方が速く動いた。
脈打つ鼓動は、正直にこの先起こるだろう修羅場の警告を打ち出しているというのに。
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