猫 の 帰 る 城


おそらくこういう光景を、人は幸せと言うのだろうなと、僕はぼんやり思った。

いまこの街に名前をつけるなら、きっと幸福だとか愛だとか、そんな類の文言を入れるのだろう。


特別な日に、特別な人が傍にいること、これが、いまこの街を歩く人にとっての幸せの定義なのだ。


僕にとっての幸せも、それに値するのだろうかと考えてみる。
これからの僕にとっての幸せとは、いったい何だ。

記憶から逃れることばかりを考えていたためか、その先についてなど全く考えていなかったのだ。



いまの僕の終着点は、その小夜子から逃れることだ。

いつしか彼女のことも思い出さなくなって、ほかの誰かと一緒になる。
それが真優であったり、なかったりする。

そうして、ときどきあの夏のことを振り返って、そんなこともあったなと、彼女が思い出話のひとつになる。


その終着点が、僕の幸せ。
なのだろうか。




横断歩道の前で立ち止まり、巨大ビジョンを見上げる。


クリスマスらしく、宝石店のコマーシャルが流れていた。
さきほどすれ違った女性が提げていた店だ。

暖炉を構えた洋風の部屋に、華やかに装飾したクリスマスツリー。
ブロンドの美女が、鼻の高い美男子にネックレスをつけてもらう。
笑顔を交わしあう二人から、カメラはズームダウンしていく。



信号が青に変わると、いっせいに人々が歩き始めた。

ぼんやりと画面を見上げていた僕を、雑踏が分けていく。
その波に遅れをとりながらも、一歩、踏み出そうとする。



その時だった。


スクリーンのコマーシャルが切り替わったかと思うと、今度は温かそうなコートを着た女性が映し出される。


僕の鼓動が、呼吸が、時間が、


確実に一度止まった。












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