猫 の 帰 る 城
街はモノクロに染まったかのようだった。
白と黒になった世界は、驚くほどゆっくりと動いていた。
巨大ビジョンだけが色鮮やかに、吸い込まれるように、僕の目に飛び込んでくる。
真っ赤な唇を微笑ませ、その人は真っ直ぐに僕を見つめていた。
流行りの服を次々と着こなし、様々な表情を見せる。
…嘘だ。
僕が言葉を漏らすと同時に、その人は消え、今度は男が映し出される。
リズムのいい音楽に合わせて、同じように流行りの服を着こなしていく。
コートやニットを次々に取り換え、完璧なポーズを決める。
嘘だ。
きっと見間違いだ。
彼女なわけがない。
たった数秒間しか確認出来なかったのだ。
きっとよく似た別人だ。
そうに決まってる。
彼女じゃない。
真実から目を背けたい僕の意思に反して、画面は変わり、再び女性が現れた。
男の横に並んで美しい微笑みを見せる。
もう、何も、言い訳ができなかった。
その姿は、まぎれもなく彼女だったからである。
少し伸びた髪に、意志の強い黒目がちな瞳、何度も重ねた柔らかな唇。
見間違いなんかじゃない。
あの頃よりも数段美しくなった彼女が、すぐそこで、僕に向かって微笑んでいた。
「小夜子」
僕の口から彼女の名前が漏れたと同時に、画面は真っ白になる。
英字のロゴのようなものが映し出された。
鮮やかな青色をした筆記体が浮かんでいた。
そうして余韻も残さぬまま、また次のCMへと画面が切り替わった。