猫 の 帰 る 城
こんな形で上京してしまったことを、後悔していないと言えば嘘になる。
現にこうして、二年経ったいまも彼の夢に苦しめられているのだから。
あの夏の日、きれいに別れることが出来ていたならと、考えない日はなかった。
今にしてみれば、それは浅はかな考えだとわかる。
あんなにも、心と身体のすべてを使いともに過ごしてきた人と、美しい離別など出来るはずもないのだと。
額縁に入れて、色あせぬまま。
輝きと鮮やかさを残したまま、思い出のひとつとして飾っておくことなど、到底出来ないのだと。
それでも、当時は愛のなかに怒りと、憎しみに近い激情を抱えたまま街を去った。
どうしてわかってくれないんだと、心の中で叫び続けていた。
冷たい眼差しは、何も答えてはくれない。
黒い悲しみが沸き上がって、どうしてなんだと、記憶の中の彼に何度も掴みかかった。
何も言わない彼を前に、それはただひたすらに、虚しくなるだけだった。
今ならわかる。
傷ついたのは、わたしだけじゃなかったということだ。
彼も、心をぼろぼろにして、わたしに向かってきてくれたのだと、何度も苦しんで、ようやくわかった。
それに気づいて、自分の言葉を後悔した。
彼に会いたいと思ったことは、いくらでもある。
その身体を抱きしめることが出来たならば、どんなに救われるかと、考えない日はなかった。
だからこそ、何度も、会いに行こうと決意して、何度も、新幹線のホームまで足を運んだ。
けれど、出来なかった。
手を振り払ったのは、わたしだったのだ。
わたしが、彼を傷つけた。
一度吐いた言葉は取り戻せなくて、棘となって、ずっとわたしの心に刺さったままだった。
会ってどうする。こんなひどいわたしを、彼は受け入れてくれるのか。
抱きしめたからといって、その関係は、もう二度、戻らないかもしれないのだ。
考えれば考えるほど、踏み切ることが出来なくなっていった。
そんなことを繰り返していると、次第に、その果てしなさに恐怖を感じるようになった。
同時に、いま自分がここにいる理由を省みて、彼のことを考えるのを止めにしようと、決意した。
そして、その恐怖を振り切るように、わたしは仕事に打ち込んでいくことになる。
いま思えば、その感情が、ここで生きてこれたひとつの要因だった。
帰るところを失くし、ここで生きていかなければならないという強い切迫が、仕事への熱意を加速させたのだ。