猫 の 帰 る 城
落ちるような眠りのあと、目を覚ました。
時刻は午後二時すぎ、たっぷり眠ったつもりだったが、外界にはいまだ温かな日差しが降り注いでいた。
重みが残る頭を起こしベッドを這い出て、冷蔵庫の前にしゃがむと、中には笠原さんが買ってきてくれた飲料がビニール袋ごと詰め込まれていた。
ちょっと笑って、ミネラルウォーターをひとつ手に取る。
熱くなった喉に、冷たい水がすとんと落ちる。
息を吐くと、朝よりも少しだけ身体が楽になっていることに気づいた。
再びベッドに戻って、しばらくぼんやり天井を見つめていると、ふと、別れ際、笠原さんが何か言っていたのを思い出した。
少しだけ涙が見えた気がする。
結局、あれは夢だったのか。はっきりしない。
ラブレター。
確かそんなことを言っていたなと思い、あたりを見回してみる。
手紙らしきものを探してみるが、肝心のそれはどこにもなかった。
代わりに、見覚えのない本が一冊、ローテーブルに置いてあるだけだった。
笠原さんの忘れものだろうか。
手にとってみる。
本に触れるのは実に久しぶりだった。
さらりとした感触と、紙の硬さが心地いい。
否が応でも彼を思い出してしまうから、本屋そのものからも足が遠のいていたのだ。
きれいな表紙だった。
青空を背景に、顔を背けた女性の背中が広がっている。
裸の肌に、グレーの文字でタイトルが記されていた。
女性の顔は写っていない。
ただ、振り向きざまの尖った顎と、薄い唇、きれいな鼻筋あたりまでが、ぎりぎり写真に収まっていた。
髪は短く、白い首筋が露わになるほど。
まるであの頃の自分みたいだ、なんて思って、ちょっとだけ笑って、何気なく著者に目を落とした。
途端にうまく呼吸が出来なくなった。
吸うことも、吐くことも、今までどうやってきたのか、まるでわからなくなった。
ただそこにある名前が、ずっと欲しくても手に入らないものであることは確かだった。
震える手で表紙を開くと、小さなメモがはさんであった。
懐かしい、あの頃はいくらでも見ることが出来た、あの人のきれいな文字が並んでいる。
今日の日付と、時間、駅前の書店の名前が、鮮やかなロイヤルブルーのインクで記されていた。
はっとして壁にかけられた時計を見る。
あと三十分もなかった。