猫 の 帰 る 城
「高校生のとき。彼は教育実習でわたしのクラスに来た。社会科の先生。ほとんど一目惚れよ。明るくて面白くて、とても楽しい人。たぶん、わたしと同じような気持ちの女の子はたくさんいた。でもわたしは限られた二週間で十分だった。十三歳のときから男の人と付き合って、そうなるための方法なんて自然と身につけてたから」
小夜子は悪戯っぽく笑って僕を見上げた。
腫れぼったい瞼のおかげで、いつもよりすこしだけまぬけな顔をした彼女が、僕の首筋にキスをする。
「こんな風にね」
自慢げに笑う彼女が可笑しかった。
僕も悪戯っぽく笑って彼女の頭にキスをした。
「彼と付き合えたときは嬉しかった。今思えばそう、彼にとってわたしは新鮮な相手に過ぎなかったのよ。女子高生と付き合ってる、その事実だけ。それが新鮮だっただけ。わたしにとってもそうだった。彼と付き合うことで自分が大人になった気がした。認められた気分だったのよ。彼はわたしを大人として証明してくれる人だった
デートも今まで経験したことのないデート。学校帰りのファストフード店デートが、週末のドライブデートに変わった。食べるものも見るもの貰うものも全部が新鮮。楽しくて気遣いのできる、頼れる大人の男の人。初めてセックスしたのも彼だった」
小夜子は長い睫を伏せた。
口元を引き締める。
「…彼との交際は完璧だった。理想だった。子供のわたしが描いていた夢みたいなものだった。まるで夢を…夢を、みてるみたいだった。映画みたいなセリフそのままよ。夢みてるみたい。
だけどいつかは夢から現実に引き戻される日がやってくる。問題がひとつ。彼にはわたしのほかにもうひとり女がいたの。彼が大学に入学したころからずっと付き合ってる同い年の彼女。その事実を聞いたのはわたしと彼が知り合って半年経った頃だった」