聴かせて、天辺の青

やがて宴会はお開きに。


この宴会でわかったことがひとつ、彼は意外とよく笑うこと。だけど私には、その笑顔を見せないこと。


まだ海に突き落としたと、私のことを恨んでいるのだろう。だったら、それでもいい。私だって、こんな男には早く出て行ってほしい。


「東京には帰らないの?」


帰りの車中で苛立ちを抑えきれず、つい口走ってしまっていた。しまったと一瞬だけ思ったけど、言ってしまったものはどうしようもない。


だけど彼は助手席の窓枠に肩肘をもたせ掛けて、ぼーっと外を見てる。聴こえなかったはずはないのに、ぴくりとも動かない。


まあ、いい。
よくあることだし。


赤信号で停まってバックミラーを覗いた視線の端に、こっちを見ている彼が映ってる。


いつから見てる?


いや、私ではなくメーター類か、運転席側の窓の外を見ているのかもしれない。


すぐに目を逸らすはず。
信号を睨んで彼の視線が逸れるのを待つのに、私の視界の端から彼は動こうとしない。


早くあっち向いてよ。
いつまで見てるのよ。


次第にイライラが溜まってく。


信号が青に変わった。
ほっとしてハンドルを握り締め、ゆっくりとアクセルを踏み込む。


「今さら帰っても……ね」


ぽつりと零れた言葉。
車のエンジン音に消されてしまいそうなほど小さくて、聴き逃しそうな声。



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