聴かせて、天辺の青


彼は少しも顔色を変えることなく、ゆっくりと目を閉じた。静かに息を吐いたのがわかる。


何か言い返すつもりだ。


「あなたも……って、どういうこと? 俺のほかに誰が逃げたの? エイジじゃなくて、誰?」


再び目を開けた彼が、まっすぐ私を見据えた。冷ややかな低い声が、胸の深くに突き刺さる。


すぐに察することができた。
彼は、私のことを言ってる。


「あなたには、関係ない……」

「帰りたいから帰って来たんじゃなくて、逃げ帰って来たんだ……俺と、一緒」


彼はくすっと笑って、顔を伏せた。伏せる直前に見えた顔は笑みを残しながらも寂しげで、肩を落としたまま動かない。


昨日、聞いたから知ってる。
私はここに逃げ帰ることができたけど、彼は逃げ帰ることができなかった。逃げる場所がなくて、来たのがここだった。


どうしてこんな話をしなきゃいけないんだろう。聞きたいことがあるとか言い出したのは彼なのに、勝手に思い出して傷ついてる。


彼は、何が言いたいの?
私に、どうしろと言うの?


彼が僅かに顔を上げて、カップへと手を伸ばす。伸ばした手はカップを掠めて、テーブルの上で組み合わされた。


「昨日、おばさんに聞いた、アンタのこと。仕事辞めて帰ってきた時に、エイジと別れたと聞いたって言ってたけど、仕事辞めたのとエイジと別れたのと関係あるの?」


英司の名前を聞くたびに、胸が疼いて痛い。



< 172 / 437 >

この作品をシェア

pagetop