聴かせて、天辺の青
「この桜の木、夏になったら……、もっと葉が茂って綺麗だろうなあ」
先に口を開いたのは彼。
あっさりとした口調は何事もなかったような、独り言のような。
何か返事を返さなきゃ。迷いながらハンドルを握りしめる。ちらっと横目で彼を見たら、意外にも穏やかな笑み。
「な、そう思わない?」
彼の笑顔から想像した通りの温かな声が零れてきた。前方へと戻そうとする私の視線をを引き止めるように。
紛れもなく私に向けられた言葉。
重苦しい空気がほんの少し晴れて、肩の力が抜けていく。
視線を戻したくはない。
でも、前を向かなくちゃ。
今は私が運転手なんだから。
「うん、綺麗だよ、葉っぱが青々として……、でも満開に咲いてる方がもっと綺麗だと思う」
前を向いて、噛み締めるように言った。語尾が震えてしまったのはどうしてなのか、自分でもよくわからない。
わかっているのは、もう間もなく来る夏を彼が意識しているということ。きっと彼は、夏が来てもここに居るつもりなんだ。
「確かに綺麗だったな、次は来年の春か……」
彼の声は確かに、そう遠くない未来を見据えている。
彼が描いている未来に、私は居るのかな。