聴かせて、天辺の青

引き止めることができずに、彼は離れていってしまった。



霞んだ視界に、彼の解れた笑顔が映ってる。胸が疼いて苦しくて堪らなくなるのに、どうしたらいいのかわからない。何と言っていいのか、言葉さえ浮かばない。



ただひとつ感じられるのは、愛しさだけ。



「ありがとう、来てくれて」



精一杯の気持ちを込めた言葉に、彼がふわりと微笑んでくれる。それだけで嬉しくなってしまったから、自分の気持ちが再確認できた。



やっぱり彼が無実だったことが、なによりも嬉しい。
それから、彼がここに居てくれること。彼が触れてくれたこと、私のために泣いてくれたこと、すべてが愛おしい。



彼の手が再び私の髪を撫でつける。



「何にも気にしなくていいから、アンタはしばらく休みなよ。宿の手伝いは俺がするから心配するな」



力強さを秘めた彼の声を聴いて、胸の疼きが消えて安心感で満たされていく。



「ホントにありがと、私は大丈夫。あまり休んでたらおばちゃんが心配するしね」

「そうかもな、来てもいいけど無理はするなよ」



初めてかもしれない。彼にこんなにも優しさを感じたのは。



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