聴かせて、天辺の青

「夢? 海棠さんはどんな夢を?」


「また曲を作り始めたのよ、私の父が勧めたというのも理由のひとつかもしれないけれど、そっちに居る間に何かがふっ切れたんじゃないかな……」



里緒さんが声を弾ませる。電話の向こうで嬉しそうに話してる里緒さんの顔が浮かんでくるのと同時に、私の胸の奥に小さく灯っていた光が消えていくような感覚。



私にとってショックだったのは、海棠さんがまた音楽の仕事を始めたということではない。音楽の仕事を始めたということは、東京で仕事を続けることを決めたということだろう。



それなら彼は、もうここには帰ってこない。



「そうだったんですか……里緒さんのお父さんに会うことは海棠さんから聞いていました、よかったですね、安心しました」



すんなりと出てきた言葉は自分でも驚くほど穏やかで、里緒さんに同調するのに相応しい声だった。



「ありがとう、吉野さんと会えたおかげだと思う。これからもヒロキのことを応援してね、そうだ、彼に何か伝えたいことがあるなら私から……」

「いいえ、もういいんです。海棠さんが取り戻した夢を教えて頂けただけた、それだけで十分です、ここから私も応援してます、ありがとうございました」



上昇する声に反して、私の気持ちは底の見えない深い悲しみに沈んでいくしかなかった。




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