せんせい
◆
「…もしもし?」
「あ、百恵ちゃん!? 良かった、家にいたんだねーー!」
「…わたし、表に出るの好きじゃないもの。」
昌子の親友:百恵(ももえ)は、教師の覚えもめでたい優等生であった。外で元気に遊ぶ、というよりは家で静かに読書をするのが好きなタイプで、校内外の読書感想文コンクールで賞をとることも珍しくなかった。
「……で、夏休み最後の日に、何の用なの?」
中学3年生にしては低めのセクシーボイスで百恵は問うた。
「あのね。ええと…その・・しゅ、宿題を…」
「ちょっーっと待って!」
「……え?」
「プレイバック、プレイバック…!」
「も、ももえちゃん…?」
頭のいい人というのは、どこか一本線の切れたようなところがある。百恵も例に漏れず、このように突然節をつけて歌い出すという奇癖があった。
「昌子ちゃん…それ、写させてってお願い? 同じセリフ、去年も聞いたわよ。」
さすが親友、なんでもお見通しである。
「ち、違うの、今年は…! 宿題はほとんど片付けたんだけど…」
「あら坊や、偉いじゃない。」
「もう!わたし女の子だってば百恵ちゃん!」
「ふふ、失礼。で、何が残ってるの?」
「ど…どくしょかんそうぶん…」
「…それはまた大きなものを残しちゃったわね。」
昌子のとんちんかんっぷりを昔から見てきた百恵は、会話からだいたいの状況を察することができた。しかも、今年はただ適当に書けばいいというのではない。
「森先生のハートを打ち抜くような感想文にしたいの…!百恵ちゃん、得意でしょ?お願い!助けてーー!」
なんと的外れな、しかし、いじらしい懇願であるのか。
恋する乙女は岩をも動かす。
自分にはない“女の子のいちばん大切なもの”を持っている昌子に、百恵は嫉妬にも似た感情を覚えた。
「…仕方ないわね。」
かくして、昌子は最強の助っ人を迎えて森を撃つ準備に入ったのである。