上司と上手につきあう方法【完結】
「おまえ、なに言って……」
せせら笑う彼。けれど私の手を振りほどかない。私の反応をうかがうよう部長は、慎重な草食動物のように息をひそめている。
「安心してください。私たちの間に、なんの約束もいりませんから……」
ジッと背の高い部長を見上げた。
そうだ。約束なんて、くそくらえだ。一生側にいるなんて、愛してるなんて、信じるほうがバカだ。言葉はただのおまけだ。お愛想だ。
信じられるのは、ただそこに存在しているという事実だけ。
別に誰だっていい。ただぬくもりが恋しい。
一瞬でも痛みを誤魔化せたら、それでいい。
誰に迷惑かけるわけじゃない。ただ自分の問題なら――
大人にはそういう『間違いの時間』があったっていいと思う私は、ズルイんだろうか。
「平尾……」
私を見つめる部長の眼鏡の奥の瞳はもう涙ぐんでなどいなかった。
『部長』の仮面がはがれて、ただの男に変わっていく姿を見ながら――
彼にもまた私と同じ気持ちがどこかにあるのだと、確信していた。