上司と上手につきあう方法【完結】

「おまえ、なに言って……」



せせら笑う彼。けれど私の手を振りほどかない。私の反応をうかがうよう部長は、慎重な草食動物のように息をひそめている。



「安心してください。私たちの間に、なんの約束もいりませんから……」



ジッと背の高い部長を見上げた。



そうだ。約束なんて、くそくらえだ。一生側にいるなんて、愛してるなんて、信じるほうがバカだ。言葉はただのおまけだ。お愛想だ。

信じられるのは、ただそこに存在しているという事実だけ。


別に誰だっていい。ただぬくもりが恋しい。
一瞬でも痛みを誤魔化せたら、それでいい。

誰に迷惑かけるわけじゃない。ただ自分の問題なら――

大人にはそういう『間違いの時間』があったっていいと思う私は、ズルイんだろうか。



「平尾……」



私を見つめる部長の眼鏡の奥の瞳はもう涙ぐんでなどいなかった。


『部長』の仮面がはがれて、ただの男に変わっていく姿を見ながら――

彼にもまた私と同じ気持ちがどこかにあるのだと、確信していた。



< 67 / 361 >

この作品をシェア

pagetop