彼女のすべてを知らないけれど
ただ、ひとつだけ、この前と違うところがある。猫の表情が、冴えないのだ。
俺はそっとベンチに近づき、猫を驚かせないよう、ゆっくりしゃがんだ。ロシアンブルーは、怯えたような目でこっちを見つめる。しかし、逃げるそぶりは見せなかった。
「お前、ケガしてるじゃん……!」
遠目からは分からなかったが、近づいてみるとよく分かる。ロシアンブルーの後ろ足から血が出ていた。しかも、両足とも。
「なんで、こんな目に……」
「……ニャン」
猫は短く鳴き、その場で顔を地面につけた 。ぐったりしている。
これはきっと、人間の仕業だ。時々いるんだ。動物をいじめて憂(う)さ晴らしをするヤツが。
猫は、素早い。野良猫達にケンカをしかけられたとしても逃げればここまで傷 は負わないはずだし、同時に両方の足をケガするなんて、滅多にないこと。
「…………クロム。ごめんな」
俺は、ケガをした猫をアパートに連れて帰ることにした。
傷口に触れないよう、そっと抱き上げる。 久しぶりの猫の感触に、涙腺(るいせん)がゆるみそうになった。
クロムとは違う。けれど、どこかクロムに似たぬくもり。
「ニャー……」
「もう、大丈夫だからな。怖がることないから」