偽りの婚約者
腕時計は東條さんの左肩に当たって下に落ちた。
「千夏、いい加減にしろ」
東條さんが私の前に立った時に誰かが来たようでインターホンのブザーが鳴り男の人の声が聞こえてきた。
その、声はどこかで聞いた事があるような気がした。
「お前とは後でちゃんと話しをするからな。とりあえず、ここで待ってろ」
東條さんは私をその場に残して玄関に行ってしまった。
さっき彼の立っていた場所には投げつけた紗季さんの腕時計が転がっていた。
それは、まるで紗季さんの代わりに自己主張するように、ここに存在しているみたいで腹立たしかった。
紗季さんの腕時計なんか、もう見たくない。
目を反らして固く閉じた。