偽りの婚約者
何も言えずに下を向く私。
すると彼の手の平が私の頬に触れて体に緊張が走った。
「……何を怯えている?俺が恐いか?」
「……そんな、こと……」
ビクンッとしたのが彼に伝わってしまったようだ。
「顔を上げろ」
顔を上げたくなく、私は小さく首を振った。
「……千夏」
「っ……」
下の名前を呼ばれ思わず顔を上げると。
冷酷な表情は消えていて、さっきまでの柔らかい笑みが戻っていた。
「かっ、勝手に下の名前で呼ばないでください……」
「別にいいだろう?俺達は婚約しているんだし、この際だから俺の事も雅人って呼んでくれても構わないぞ?」
意地悪な口振りになったり、急に冷酷な顔を見せたり……。
数回会っただけの人、この人がどんな人なのかまだ良く分からない。
「良く知らない人をそんな風に呼べません」
「警戒してんのか?そう云うことならお前の好きに呼べばいい。俺も好きに呼ばせて貰う」