真夜中に口笛が聞こえる
 結局、全ての物件を見て回ったが、どれも素晴らしいものだった。
 但し、第一印象というものは強烈らしく、最初に入った白い家の話を、妻が家に帰るなり、無精に語るのだった。


 信一郎夫妻は賃貸マンションに住んでいる。

 環境が特別悪い訳ではないが、とにかく人と出会う。挨拶、挨拶、挨拶。そして、何かに付けて、会合。

 共有の土地と建物に住む煩わしさ。

 正直なところ、解放されたかった。

 土地を買って、自分の家を持ち、のんびり気がねなく暮らしたいという願望が、日に日に募った。


「まあ、予算は想定範囲内だし、申し分はないな」

「私もそう思うの」

「しかし、よく考えないとな」

 信一郎は居間のソファでうたた寝をしている、美佳の様子を伺った。

「そうね」

 美咲も同じ様子を見て、微笑んでいた。
 信一郎は温くなったお茶を、飲み干した。

「信ちゃんの言う通り、よく考えましょう。私も一度、頭を冷やすわ」

 美咲は信一郎の手の空の湯飲みに気付いた。

「時間を掛けて、十分検討しよう。美咲や美佳と、出来るだけ長く住みたいからね」

 急須にポットのお湯を入れると、信一郎の湯飲みに、熱いお茶が注がれた。
 信一郎は両手を温めながら、少しずつそのお茶をすすった。

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