廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
悟は病が癒え、アルコール醸造の工員として勤務しはじめてからは、日本人工員の自宅に間借りして暮らしていた。
顔見知りのいない土地での生活は慣れているつもりだった。
だが、夜に一人布団に入って思い出すのは、自分を軍隊に売った母の顔。
まだ幼かった弟妹の笑顔だった。
異国の街と、自分を育んでくれた静岡の自然や町並みはかけ離れていて、寂しさを誘う。
【非国民!!親不孝者!!】
あの母の叫びにも似た声も耳鳴りのように繰り返される。
そんなとき、悟は広島での一夜を思い浮かべるのだ。
お陽と過ごした一夜は、自分にとって数少ない温もりに包まれた思い出だった。
『お陽さん……』
女郎に思いを寄せるなど、バカな男の証拠だ。
いつか、輸送船の中で補充兵の一人が言っていた。
だが悟にとって、すでにお陽は生き甲斐になっていた。
漢口の街にも時折、米軍の爆撃がある。
日本と同じように灯火管制が敷かれ、黒布をかけたランプの下で、
悟はお陽に宛てた手紙を書くのだった。