廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『遠藤さん!』
自分を呼ぶ声に路地を見下ろすと、悟の働く工場で同じ部所の男がいた。
『ちょいとお邪魔していいですか?今日は非番なもので』
『あ、あぁ。おたくもですか』
悟は、顔見知り程度のその男の言葉を断るわけにもいかずに下宿に上げた。
男は、悟よりも7〜8歳上で、大学の化学科を卒業したエリートだった。彼は気まずそうに帽子を取りながら上がってきた。
『お邪魔します』
『何か……あったんですか?』
『先程、手紙を出しに行って検閲官とあなたの話をちょっと……』
男は言いにくい様子で口ごもる。
『全く、お恥ずかしい』
『いや、あなたくらいの年の頃なら想い人がいたっておかしくはありません。
あの検閲官がどうかしているんです。
あれから数人、手紙を破られてましたよ』
『……そう……ですか』
『あの検閲官のご子息なんですが、先日名誉の戦死を遂げられたそうで……
なんでも、南方で敵艦に体当たりする特別攻撃隊とかいう……』
『……体当たり?肉弾三勇士のごとくですか?』