廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
昭和十九年 十月 廣島。
或る男。
彼の名は播磨(はりま)と言った。
遠藤悟と同じ部所でアルコール醸造の研究員をしている。彼は召集令状を受けとり、中国の漢口から内地に遥々戻ってきた。
彼は廣島の横川の出身である。宇品港からの出兵の前日、一日自由時間の許可がおりたので、
横川にある、以前婚約していた女と両親の墓参りを済ませた。
そして、その足で太田川沿いの遊廓に向かっていた。
廣島市内は、まだ空襲の被害に遭っておらず、路面電車が行き交う賑やかな街だった。
播磨という男は、遊廓に足を踏み入れたことがない。
彼はおどおどしながら色街を歩く。
しかしこの通りも戦時色が濃くなり、流れる曲は軍歌になっていた。
客はみな、陸海軍の士官クラス。
階級の高い軍服と女郎の二人連れもフラフラとあるいていた。
『万華楼……お陽さん』
遠藤に渡された地図と手紙の宛名を見ながら、播磨はようやく万華楼にたどり着いた。