廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
翌日、播磨は時間になっても集合場所に現れることはなかった。
徴兵忌避の罪で憲兵隊が彼をくまなく捜索した。
宇品港を南方行きの輸送船が出発した頃
播磨の遺体が発見された。
召集前に薬品が自由に持ち出せる環境にあった彼は
両親の墓の前で青酸カリを飲んだ。
《見ず知らずの相手と刺し違えるくらいなら
僕は自分の身を自ら殺めたほうがいい》
側におかれていた彼の遺書である。