廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
空襲が落ち着き、やっと外に出られるかと思いきや、
漢口の街は火の海であった。
『火の回りが早い。こりゃ、壕にいたら蒸し焼きになるな』
元消防の職についていたという老兵が呟いた。
『どうする?』
『おい、じいさん。どうすりゃいいんだ?』
皆、判断をしかねて老兵に答えを委ねる。
『河だ。河へ向かえ』
河というのは、日本のいわゆる「川」とは訳が違う。
長江という、中国大陸でも大きな河である。
悟たち日本軍の兵隊や漢口に住む日本人は、みんなこぞって長江を目指した。
真夜中なのに、真昼のような明るさで、橙色の炎が星空を照らしていた。
悟は、悪酔いをしていたのか、その美しさに不謹慎にも見惚れていた。
しかし、足元にはいくつもの黒焦げの遺体が転がる。
現地の人の服らしきものを纏っていればまだよいほうで、
男か女かさえわからないものも多い。
焼夷弾が直撃した人などは、手足がバラバラになって焦げていた。
河原についても、同じような遺体で溢れかえっていた。
我先にと河へ急いだ現地の人たちの元にも、容赦なく焼夷弾が降ったのだろう。
『悪い夢を……見ているに違いない。なあ、君』
悟は一緒に行動していた工員を探した。壕で酒をくれた男だ。
その男は焼け残った草場に隠れて嘔吐していた。
悟も急に青ざめ、我に返る。
日本人も中国人もない。
なんでこんな目にあわされなければならないのだ。
人間同士じゃないか!!