妖花
目を凝らせば足元には、たった一羽の雀に似た小鳥、百舌がとまっている。
さきほどのかすんだ影は、この百舌であったと思しい。
夜闇に百舌の円らな瞳が光る。
いつの間にやら、あの風は止んでしまっていた。
きちち、といま一度鳴き、百舌は羽ばたいて古着屋の肩に移った。
そして、どうしてそんなに怯えているの?
とばかりに、古着屋にむかって首をかしげて見せた。
百舌は小さき猛禽たる獰猛さを持つが、その仕草は実に愛らしく、庇護欲を誘った。
古着屋の胸に淡い安堵の灯火が宿った。
もしかすると、あの風は自分の闇への恐怖によるまやかしだったのかもしれぬ、と。
そう思う余裕さえ生まれた。
「だめじゃねえか。こんな所にいたら、猫に喰われちまう」
優しく、古着屋は言って百舌の額を、指の腹でそっと撫でてやる。
気持ちが良いのか、百舌は瞼を伏せた。
そして古着屋の横顔に、
はあああーーっ……と、息を吐きかけた。
ぎょっとして古着屋は百舌を凝視した。
百舌の口から吐かれるそれが、あの風とまったく同じ温さと生臭さだったからだ。
百舌が目を見開いた。
その眼は、生けるものを思わせぬ、鈍色に濁った白目となっていたのだった。
「ぎゃあ!」
短く叫び、古着屋は百舌を払いのけた。
百舌は大きく羽を広げてひらりと飛んだ。
百舌の白目が暗黒に炯々として舞う。
開かれた嘴の奥からは、その小体のどこにそれだけの量が入っていたのか、大店一軒ぶんほどの膨大な黒煙が古着屋を覆った。
「ば、ばけ」
化けもんだ、と言い終えることすらままならぬ。
脱しようとする古着屋の手足は、やがて黒煙に飲まれてしまった。
しばらくして、百舌はその黒煙を吸い込み始めた。
ああああ、と。
黒煙の中から悲鳴がする。
しかし百舌はさらに嘴を開き、頬の肉が裂けてもなお凄まじい勢いで黒煙を身体に収めきった。
そして一枚の羽も落とさず、百舌はさっさとその場を飛び去って行ったのであった。