本音は君が寝てから
*

 そんな俺に転機が訪れたのは新芽が芽吹き出す四月頭のことだ。

喫茶でホテルオーナーと来月のランチバイキングの打ち合わせを終えた後、トイレに行こうと喫茶の入り口を出た時。


「きゃっ」

「おっと、失礼」


急いでいたのか、小走りに喫茶に入ってきた女性とぶつかった。

茶色がかった髪を後ろで一つにまとめ、体にぴたりと合うスーツを着込んだ細身の女性だ。資料を両手に抱えたままバランスを崩して転びそうになる。見るからに仕事の出来る女という感じの彼女を、俺は咄嗟に抱きとめた。


「す、すみませんっ」

「いいえ、こちらこそ不注意で。大丈夫ですか?」


体を離してじっくりと顔を見る。
濃すぎず薄すぎない化粧を施している清潔感のある女性だった。

彼女は俺の腕に寄りかかるようにして体勢を整えると、赤くなった顔を隠すようにしっかりと会釈をした。


「支えてくださってありがとうございました。こちらのシェフの方ですか?」

「ええ、料理長をしている香坂といいます」

「私、今度こちらのホテルの取材をさせていただきます集考社の森宮といいます。今後ともよろしくお願いします」

「ああ、どうも」


きちんとした挨拶がとても好印象だった。

手に資料を持っているところを見ると、これからなんか打ち合わせでもするのだろうか。
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