本音は君が寝てから
「では失礼します」
もう一度、ぺこりと頭を下げて彼女は喫茶の中へ入っていく。
後ろ髪を引かれるような感覚に、名刺交換でもすれば良かったのかとも思うけど、別に今日の彼女の取材相手は俺じゃないし。
結構若そうに見えたけどいくつなのだろう。
そんな風に考えてしまうのは独身男の性か。
「森宮さん、大丈夫ですか? そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
「いえ、資料が足りなくてお待たせするなんてこちらの不注意です。申し訳ありません」
そんな話が聞こえてきて振り向いて喫茶を覗くと、彼女はホテルの広報担当をしている若い男と夢中になって話をしていた。
遠目に見ると年代的にも釣り合う二人はお似合いに見えて。
一瞬でも彼女をそういう対象で見たことに恥ずかしさが沸き立つ。
……馬鹿なことを考えるのはやめよう。
こんなおっさんが夢見たって仕方ないじゃないか。
実際、出会いと言うものは案外そこここに転がっているのだろう。
でもそれは、生かさなければ意味が無い。
そこで行動に移せるような男ならここまで独身でいるわけが無いのだ。
傍目にはかっこいい中年に見えても、結局俺は度胸の足りないただのヘタレだ。
それを隠せば隠そうとするほど、幸せからは程遠くなるのだと分かってはいても、今更変えられるもんじゃない。
小さな出会いは胸に収めて、俺は仕事場である厨房へと戻った。