幻影都市の亡霊
 そして、銀の箱が三十分ほど走った頃だろうか、その頃には辺りに高層ビルさえも見えないほどの辺境へと辿り着いていた。深い森が見える。少年は立ち上がった。そして運転席の隣の扉から降りた。

「お嬢ちゃん、ありがとう」

 自家用車が普及している現在、バスというものの利用価値は低くなってきている。要するに暇なのだ。運転手の言葉に少年は振り返って、その切れ長の眼で睨みつけた。

「男、だ」

 短く言い放った。そして少年は銀の箱を完全に降りる。バスは走り出していた。同じ場所で降りた者はいなかった。少年は森へと入っていく街道を見た。深い森をただ一本だけ伸びる、コンクリートでも石畳でも舗装されていない、土を押し固めたような道――。少年は迷わずその道を進んだ。青白い太陽が傾き、空は紫色に染まりつつある。深緑、新緑、若葉色、蓬色――様々な緑が入り混じった巨大な森。少年は鞄を開いた。硬い無表情を幾分緩めて、

「出て来い」
「む?」

 小さな顔が鞄から覗いた。真っ白な、拳大の顔。それは、身体を鞄からひねり出す。いたちのような、真っ黒な身体だった。尾は、キツネのようで、先だけが白い。狼のものを小さくしたような、しなやかな脚は、これもまた先だけが白い。耳は三角く、猫のようだった。それは黒い。パッチリとした眼は群青だ。

「むぅ」

 それは嬉しそうに、少年の首に昇った。少年はその首をなでてやる。

「むぅ」
「そっか、窮屈だったか」

 少年は軽く微笑して、それを降ろした。それはたたっと少年の足元を行く。それは、魔造生物だった。神造生物とは対極に位置するもの。神が創造したこの世の全て――魔造生物は魔法を操る者が命を与えたもの――。

 煌々と輝いていた青白い陽は、その姿の半分を地平線――もっとも、ここからでは森でそれが見えないのだが――に、隠れようとしていた。夜が、やってくる。

 少年はそんな紫がかった空を見上げ、足元の小さき生物に声をかけた。
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