幻影都市の亡霊
「良くない。秩序が乱れる……」

 オーキッドは不安を感じて町と森の境界へ急いだ。ヨミもすぐに後に続いた。
 オーキッドの感じている不安の意味がわかったからだ。

 幻界が、王の力が安定していれば、森から神造生物も魔造生物も出てこない。まして凶暴なものなどはウィンレオが森から出られないように押さえ込んでいる。

 だが、その力が弱まっている。一番歪みに近い場所へ来て、二人は何も起こっていないことに安堵し、胸をなでおろしかけたその時、

 ぐぉるがぁぁぁぁぁぁっ

 地に響くような唸り声が森の中から聞こえてくる。二人がはっとしてそちらへ向かうと町の近くまで、大型の魔造生物の群れがやってきていることがわかった。

「ちっ」

 本来ならこんなに近くまでやってくることのない生き物だ。オーキッドが慌てて気壁を張る。ヨミも隣で手伝う。

「何をやっているんだ、あいつは!」

 怒りも露わに、近くにいた物売りの男に、

「使い魔を飛ばせるか?」
「へ、へぇっ! 小さなものなら……」
「私は手を離せない。王に『何やってるんだ馬鹿者、今すぐ歪みを直せ』と伝えろ」

 男は目を白黒させ、

「王様にっ?馬鹿者……ッ?」
「至急!」

 哀れな男は、恐れ多くも自分の王に向かってオーキッドの言葉を伝えるために、黒い一対の翼を持った丸いもやのようなものを放った。

「ファザー! あいつら出てこようとしてる!」

 オーキッドが気壁を見れば、それに体当たりをかけている巨大な獣の姿が見えた。巨大な角と牙、橙の鬣がうねるように身体の上部を覆い、黄金色の体躯は、筋肉が隆々としている。見ればその爪も鋭い。こんなものを町に入れれば大騒ぎだ。オーキッドが盛大に舌打ちをすると、

「ヨミ、ここは私が抑える。今すぐ皆を避難させろ。そしてお前も使い魔を飛ばして応援を呼べ」
「無茶だ! 一人でなんて!」

 その頃には三頭もの獣が気壁を破ろうとしている。二人で支えている今ですら、今にも破られそうだ――。自分にかかる負荷だってとんでもない。しかしオーキッドが叫ぶ。
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