幻影都市の亡霊
「早く!」

 ヨミは思いを振り切るように自分の気を断った。

 ぐんっとオーキッドの身体にかかる気が増える。顔をしかめ、髪の毛を逆立てながら、オーキッドは送り込む気を増やしていく。

 その気の強さを受けて気壁が虹色に輝きだす。

 が、オーキッドの腕は血まみれだった。びきびきと自分の身体がきしんでいるのがわかった。巨大な獣は今や五頭に増え、広範囲から体当たりだ。

 これを一点に集中して力を加えられてはひとたまりもない。ヨミが慌てて使い魔を飛ばしオーキッドの横に戻ってきたとき、彼の流血は酷かった。

 亡霊の場合の流血とは、器の中の気が流れ出るということだ。それは即ち、命が削られるということだ。

 ヨミは真っ青になりながら、オーキッドの気壁を手伝う。

 その時感じた恐怖といえば、なんとも言えなかった。気壁はほとんどオーキッドの命だった。彼は全ての気をそそいでいる。

「…………」

 なんとしても、この獣達を街へ入れるわけにはいかなかった。

「ぐっ」
「ファザーっ!」

 ヨミの悲痛の叫びが響く。オーキッドが吐血した。流れ出た血が風に乗って消える。だが、一歩も揺るがない。その時だった。

 がきん

 はっきりと聞き取れる音を立てて、歪みが閉じる。獣達はそこに収束されるように消えていった。と、同時にオーキッドは倒れた。

「ファザーっ!」

 ヨミが血に濡れた青い亡霊を抱え上げた。オーキッドは息も絶え絶えに笑いながら、

「遅いというんだ、馬鹿者……」
「喋らないで!」

 ヨミはオークに自分の気を送り込んだ。それしか、できなかった。そこに、亡霊王が何もない場所から出現した。

「……オーク……?」

 何が起こったのかわからない顔だった。そして、真っ青になって親友の身体をヨミから受け継いだ。

「馬鹿者……私は歪みを作るなど……そんなふがいない王を・・げふっ……導いた覚えはない……」

 ウィンレオは自分の気をオーキッドに送り込んでいた。
 世界一たる器を持つウィンレオの気だ。本来なら助かった命だろう――だが、あまりに遅すぎた。
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