なにやってんの私【幸せになることが最高の復讐】

 入り口のところ一番はじっこに座って静かにグラスを傾けているのは、たぶん50、60歳くらいのおじさんで、さっき聞こえた氷の音とシガーの香りの主だ。

 し、知らなかった。全然分からなかった。マスターにばかり気を取られていたから、人がいるのは分かってたけど、こんなにもダンディーなおじさまがいたなんて。

 シルバーヘアーに黒いサングラス。なんだかよく分からないおしゃれなスーツは首全部が隠れていてネクタイまでしてる。

 一言で言うなら、変。

 近寄りがたいおじさんのお誘いには乗るわけにはいかない。だって危ないもん。

「そうだよ夏菜ちゃん、知らない人になら包み隠さず言っちゃっていいんじゃない?」

 マスターがそうやって他人事のように言って笑い続けているけど、そんな風に言う人ならきっと安心していいってことなんだ。きっとこのおじさまもよくここに来るんだろう。しかし、初対面の人に言う話でもないけど、だからこそいえることもある。

 飲みかけのホットココアを飲み干して、にこにこ笑ってる (たぶん。サングラスしてるから分からないけど)おじさまの隣にちょこっと座った。

 タイミングよくマスターがお酒を出してくれて、一気に飲んだ。

「夏菜ちゃんまた一気? それはやめたほうがいいんじゃ」

 というマスターの呼び掛けは完全無視。

「いいんですもう! ヨガも辞めるし日本も出るし。だからもう食べ物とか飲み物のセーブはしなくてもいいんです。今までは太っちゃいけないとか体の気の流れとかを気にしていましたけど、もう今日からは油ものだって全然食べてやるんだから」

 飲まなきゃやってらんないし!

 飲んでこのおじさまに話しちゃえ! そしたらすっきりするかもしれない。

「マスター、次」

 そんな、私のことを面白いものでも見るように腕組みをして笑いながら眺めていた。


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