狡猾な王子様
……あれ?


ノックに対する返事がちっともなくて、小首を傾げてしまう。


控えめに叩いたのが良くなかったのかもしれないと、今度は強めにノックしてみたけど……。


それから少し待ってみても、さっきと同じように返事はなかった。


営業時間外で、しかも配達で来たわけでもない。


完全に私情だということが私を尻込みさせてしまいそうになったけど、首をブンブンと横に振って息を深く吐いた。


それから、落ち着きのない心臓のせいで消えない緊張を抱えながらドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開けた。


「……こんばんはー」


いつもよりも遥かに小さな声になったのは、緊張や躊躇といった感情が心の中の大半を占めているから……。


ただ、覗いた店内に英二さんの姿は見当たらなくて、再び小首を傾げてしまった。


カウンター越しにキッチンの中をチラリと覗けばまだ洗い物や包丁なんかが散らかっていて、いつも手早く片付ける彼らしくない状態に一抹の疑問を抱いた。

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