狡猾な王子様
「山野さん」


掛けられた声は今までで一番柔らかみを帯びていて、抑揚のわからなかった時のものとは違うことに少しだけ安堵しながら顔を上げた。


私を見つめている綺麗な瞳は凛としているのにどこか悲しげで、寂しげに見えた時の英二さんの姿と重なってしまう。


「あなたが英二の料理とお店を高く評価してくださっていることは、よくわかりました」


「え?」


「ありがとうございます」


話をしたことなのか、それとも“高く評価していること”なのか。


どちらへのお礼かわからない言葉に戸惑うと、英二さんのおばあさんは運転手と無言の相槌を交わした。


「私はこれで失礼します」


「えっ⁉︎英二さんにはお会いになられないんですか⁉︎」


「えぇ、今日はもともとそのつもりでしたから」


運転手が下りてくるまでの僅かな時間で会話したあと、一礼した英二さんのおばあさんが後部席に乗り込んだ。


直後に運転手によってドアが閉められ、スモーク張りの窓の向こう側は見えなくなってしまった。

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