狡猾な王子様
「あぁ、冬実ちゃん。こんにちは」


ひと呼吸置いてから顔を上げた英二さんは、いつものように柔らかく笑っていた。


だけど、その表情はなんだか痛々しくて、私は上手く笑顔を返すことができない。


「あ、ごめん。すぐに片付けるから待ってて」


カウンターテーブルに腰を預けるようにしていた彼が、そこに置いていた両手を離して奥へ行き、すぐに小さな箒と塵取りを持って戻ってきた。


「あの……」


掃除を始めた英二さんに思わず声を掛けたけど、続く言葉が喉から離れない。


「さっき、うっかり落としちゃってさ。危ないからこっちに来たらダメだよ」


「……はい」


そんな私に笑みを向けた彼からは、この状況に触れて欲しくないのだという気持ちが伝わってきて、ただ頷くことしかできなかった。


静かな店内にはガラスの破片同士が当たる音がやけに響き、それがまるで英二さんの心をチクチクと刺しているような気がする。


私には彼が傷ついているようにしか見えなくて、胸の奥が締めつけられた。

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