狡猾な王子様
沈黙が下りたのは、きっとごく自然のこと。


それぞれに気まずさを感じているのは明白で、店内を包む重過ぎる空気に息が苦しくなる。


だけど、長く感じたその時間は数秒ほどで破られた。


「冬実ちゃん、悪いんだけど奥で待っててくれるかな?」


「えっ?」


不意に話しかけられたことに驚いてハッとした私は、英二さんの視線を追うようにして店内の奥のドアを見た。


彼がバックヤード代わりに使用している部屋よりも、車に戻る方が気を遣わなくて済むのはわかっていたけど、そんなことを言える雰囲気ではない。


わかりました、と口にしようとした時、佐武さんのため息が響いた。


「……もういいわ。どうせ話したって無駄なんでしょう」


そして、彼女は諦めたように瞳を伏せた。


「ごめん。……本当にごめん」


間髪を入れずに零された英二さんの言葉にはどこか揺るぎないものが込められているような気がし、重苦しい雰囲気の中でもその声音は落ち着いていて、彼の気持ちが変わらないことを物語っていた。

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