狡猾な王子様
「いや、悪いのは俺だから……。気が済むまで殴ってよ」


「やめておくわ。これでも、人を殴ったのは生まれて初めてなの。慣れないことをしたせいで、右手が痛いのよ……」


語尾が小さくなった佐武さんの声は僅かに震えていて、彼女のことをあまり知らない私でも涙を堪えているのがわかった。


英二さんも、それを見透かしていたのだろう。


「その代わり、その傷が消えるまでは私のことを忘れないでいて」


だからこそ、彼女の言葉に微苦笑を浮かべ、ゆっくりと頷いたのだと思う。


彼の表情からは後悔や罪悪感が私にも見て取れるほど滲んでいて、佐武さんも察するように悲しげに微笑した。


彼女のことは苦手だし、嫌な思いをしたこともある。


それなのに、英二さんと向き合う佐武さんの横顔はとても綺麗で、その傷ついた表情を目の当たりにして胸の奥が小さく痛んだ。


それが同情なのか共感なのかは、よくわからないけど……。


答えを導き出すことはせずに、ふたりから視線を逸らすようにそっと俯いた。

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