狡猾な王子様
カツン、とヒールの音が鳴る。


三人もいるのに室内は静かで、佐武さんの足音がよく響いた。


俯く私の視線は床だけを映していたけど、程なくしてその中に彼女の足元が入ってきた。


言葉なんて出てこないことはわかっていたから、まるで息を潜めるようにしていると、私の傍を通り過ぎた直後に佐武さんの足音が止まった。


「あなたには、変なところを見られてばかりだったわね。……でも、もう会うこともないでしょうから、安心していいわよ」


小さなため息のあとで耳に届いた口調はいつもと変わらなくて、はっきりと紡がれた言葉尻からはどこか見下されているようにも取れる。


会う度にそんな風に感じていたから、今日だってそうなのだと思わずにはいられなかったけど……。


勇気を出して顔を上げて振り返った私の視界を占めたのは、涙を堪えているような微笑みだった。


案の定、なにも言えずにいた私に、彼女は「最後くらいなにか言い返しなさいよ」と零し、悲しげに英二さんを一瞥してからドアの向こうに消えた。

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