狡猾な王子様
「こんにちは」


「あ……」


「あなた、たしか農家の方だったわよね?」


微笑んでから店内の方を軽く振り返った女性は、私の返事を聞く前に綺麗なルージュの乗った唇を動かした。


「英二、お客さんよ」


ごく当たり前のように“英二”と呼ぶ声は、まるで自信に満ちているかのようにとても凛としていて……。


「彼、奥にいるから」


それだけ告げた女性が綺麗な笑みを浮かべて私の横を抜ける最中、自然と記憶に刻まれている香りが鼻先をくすぐった。


「……っ!」


心臓が、止まるかと思った。


だけど……。


その予想に反して大きく跳ね上がった心臓を、直後には鷲掴みにされるような感覚が襲った。


目の前が、真っ暗になる。


さっきの人は、この間も鉢合わせた女性で。


その隙のない立ち居振る舞いのように、メイクも服装も全く乱れていなかったけど。


すれ違う瞬間、あの女性から英二さんがいつも纏っている香りがしたのだ。

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