掌編小説集

719.接着剤は適量で

フラフラと路面へしゃがみ込んだ君にこんな状態で放って置けないし、一緒に帰れるように回復するまでここに居るからと、俺が声を掛けたところから始まった出会いだ。

実家が所謂金持ちで家業を継いだ姉貴の手伝いをしろと言われているけれど、俺自身は一棟貸しの社宅も持つ民間の警備会社で働くボディーガードだ。

実家というより気の強いはねっかえりな姉貴からやることなすこと、二六時中異論を唱えられてたまったもんじゃないと逃げ出した。

それでもこの稼業にやらない手はないと誇りを持って働けるのは、幼い頃に守ってくれたボディーガードの姿が格好良かったから。

あの姿に近付きたいと思って日々鍛錬を爆速に繰り返す毎日で、申し子から目覚ましい成長と言ってもらえたのには、自称一番弟子としてルンルンな気分である。

因みにジョギングコースを変えた途端に君と出会ったものだから、俺的には結構意気盛んな運命かもと思っている。

同僚達を紹介するついでに君を借り上げ寮に招待したのだけれど、体調が優れなかったのか気を失って倒れ込んでしまった。

しかし医者曰くこの時代に食べていなくての栄養失調が原因で、極力の治療はしたから今は過労面も含めて大丈夫だけれど、根本的な解決をしなければならないという話だった。

そういえば君といる時は話を聞いてくれるからか俺のワンマンライブ状態で、君の年表は夜陰ばかりで前書きも後書きも分からない。

目を覚ました君は自分の状況を把握した途端に顔色を変えて、小刻みに震えながら病院代は払うと言ってきかなくて。

スライトリーでも手を尽くしたいから金は気にしなくていいと言っても、天地がひっくり返る程に警戒レベルを引き上げられてしまって。

お金は怖いからと満額以上の手持ちの有り金を俺の手に握らせて、差し戻した君は逃げるように俺の前から立ち去ってしまった。

そういう面でもそういう面じゃなくてもチヤホヤされてきたし、ビジネス以外で断わられるなんて初めてだったし。

口分田のラスパイレス指数が重い腰を上げなくても、足を引っ張って奪うのではく手を差し伸べて与え、産婆の一助にならなければならないとどやされていたし。

考えてみれば警備会社だって相手にするのは警備代を払える層ばかりで、金持ち基準というかボンボン資質というか何というか。

浮世離れした不束者の俺じゃ君の力になんて到底なれっこない、どないしたらええねんと激震に破弾して落ち込む俺に、恋バナは間に合っているとツンケンしていた同僚達も。

気付けたのだからと慰められて話せば分かってくれると励まされて、ぽっと出のストレートプレイでも君に会いに行くことを決めた。

君のアパートの前に人だかりが出来ている上にパトカーが数台止まっていて、何十人と警察官もいてぐるりと囲うように規制線も張られている。

何の騒ぎかと縁遠い顔をした野次馬に聞けば男二人が刺されて、犯人らしき男は逃走したらしいのがメインストリーム。

男二人は闇金だとか密輸の家捜しだとかひた隠しの訳ありだとか、移し変えて攫われたとか移し替えて拐われたとか。

プレスアレンジは受け付けないとあらせられるバンカラなルポライター、その意味深長に焼け落ちるようなどっちつかずの言葉が刺さる。

ふと地面に視線を向ければ君の鞄が落ちているのに気付いて、その身に何かあったとしたらと縁起でもない死戦期に、サイケデリックな風前の灯に狂乱しかけたけれど。

パッキングされた想定問答の諸説紛々を残念賞として逆再生にて話には乗らず、日没以降に夜を徹してでも小綺麗な大喜利に変えると鎮魂。

取り立てられて君が困っているのを見ていて助けたいと思ったからで、身を寄せてくれても構わなかったのに君は遠慮するから。

うようよ付き纏う召使いから助けられる担い手は自分しかいないと思って、共通の敵である闇金に二つに一つと痛棒を食らわしたのに。

何故逃げるの?
何で逃げるの?
君を助けてあげたのに。
君の為にやっつけたのに。
どうして逃げるの?

自分の見たい部位だけを見るのが老い先短くも無いスモールな世界の全てで、他の何も届かないばかりかノーショウだとコロッと態度を変える。

レコグニションな秘密の共有であるカタログを拒んで逃亡を図る君を追い掛けて、高さ制限とばかりに君へ刃物を振りかざす男の不審物だらけなビジュアル。

生け捕りとする事業計画は百も承知二百も合点だけれども、不首尾に終わることを本邦初公開に望んでしまう仕度に、法輪のワッペンをグルーガンでのそっとアップリケ。

ベルトを鞭のようにリマスターして刃物を男の手から叩き落とし、攻防している間に警察官も駆け付けて男は逮捕連行された。

男は君のバイト先の同僚でストーカーであったことも判明して、色々考え合わせると答えはこれしかないと思い込んだ末の犯行。

男は君の為に闇金に復讐したのにと浮かばれないと喚いていたけれど、そんなものは隠し包丁を魔改造しただけで君の為なんかじゃない。

物欲に傷が疼いて消化しきれない気持ちを抱えた自分の為に、治安維持の新常識と言うとおりやしたとして律令を、勝手に裁可して厳命のウインカーを出しただけ。

その端数処理を切り捨てする為と切迫を切り下げせずに切り上げて、大判小判がざっくざくと四捨五入よりも五捨五超入の土塀。

キューピッドを自ら委嘱し故障した弓矢を刃物の刺創に持ち替えて、君が叶えられなかった夢を自分が叶えてやれるから託されたと。

君の為を思うのならばそんなことなんてせずに君に胸を張れるように、地方巡業の被験を脱退して新生を見ものだと出歩けば、男の幸せを君が願ってくれたかもしれないのに。

浮き沈みが激しい職業だった緑故が一儲けを考えて拵えた借金、君の親が頼み込まれて断りきれずに連帯保証人になったことから、君と闇金との切っても切れない繋がりが始まってしまった。

石棺な墓前の前で膝を抱えて泣き咽ぶことさえ出来ずに、誰が見ても誰から見てもそのドル箱の色味は怪しくて、優雅なひとときのお座敷から嵌められたのに。

方向が変わったというより広がって笑いが止まらない闇金であろうと、人様から借りたお金は返さなければならないと、仕事をいくつも掛け持ちして返済していた。

行きそうな場所に心当たりはありませんかねと尋ねられたけれど、ここじゃ何なんで場所を変えて話しましょうかと、そちらさんはどなたでなんてお呼びすればよろしいかと。

豪速球からの築地塀としてバッターボックスに立てば、いえいえ名乗るに値しない下々の人間ですよと引き下がり、今回の件からは手を引いたようで寄り付かなくなった。

男のお陰様で警察が介入してそこへ俺が弁護士を挟んだことで土留めとなり、君と闇金との繋がりを完全に断ち切って解放させることが出来た。

掛け持ちする必要が無くなったし給料だってそこそこ良いし、つか俺の下心ありきだけれども警備会社の事務員として、君が働けることになったのは社長に土下座した甲斐があったってもんだ。

色々な手続きとか仕事の引き継ぎとか治具のようにくるくる動き回り、油を売っている訳ではないし仕事の質も格段に上がった俺を、レーションの目撃談として同僚達も仕方がなさそうにしてくれた。

どっちかっていうと俺の方が夢中なんだけれど君も満更じゃない感じで、相対速度の波形は必然と同じになっていってくれた。

智将の馬出しに知遇となっても仕事熱心で家に帰っても勉強熱心で、大事の前の小事って感じで全方位に速射砲で余念がないけれど。

君が褒められると俺まで嬉しくなるからそれ自体は良いんだけれど、普段事務員だって気を張る仕事なのだから家ではゆっくりして欲しいのに。

つーか俺に聞けばいいのにっていじけている訳じゃないけれど、構ってくれないと寂しいから死んじゃうとか凄く女々しいから。

君の博識な礎石の一端を担いたくて俺が教えたいなとバックハグすれば、君はビクッとして身体をカチコチに硬直させてしまった。

しまったと思うより先にバッと離れながら素早く距離を取って、ごめん調子乗った大丈夫何もしないから安心して、そう言いながら不安を最大限取り除きたくて言下のテンポは速くなる。

その生体反応は照れるより前にどう反応すればいいか戸惑っているぽくって、震えても怯えても警戒されてもいなさそうに見える。

人懐っこい軽いノリが持ち味だけれども君に対しては軽薄に怖がらせるだけで、シード権があっても合盛りではあの男と同じになるぞと。

手負いの調光は大判な長夜が必要という忠告も助言も重層的に貴重なツールとして、同僚達がせっかく言ってくれているのだから必須としよう。

どこでどう聞きつけたのか知らないけれども姉貴が警備会社に怒鳴り込んできて、強引に連れ戻そうとしてくるものだから舌戦を繰り広げるのも無理はない。

抗議なんてハイステップという訳ではなくお願いに参った次第でなんて、そんなローステップを酸化熱な捕食者の姉貴が踏んでくれる訳もなく。

社長も適当にあしらってどかして入れなきゃいいのにと思ったけれど、実家と姉貴からの連絡を無視し続けていた俺が言えた立場でもないとも思う。

輝くシャンデリアと美しい生け花が似合うウチには相応しくない、もう気が済んだでしょうからとっとと家に戻って手伝いなさい。

おせんしょは止めてくれ俺は姉貴の都合の良いアバターじゃない、俺はここが良いし帰らないしそもそも姉貴に決められたくない。

姉貴から逃げて来たんじゃなくて実家ごと捨てて来ただけで、アーバンなスーパースターの来場者を名乗るつもりはない。

分不相応ということは分かっていますしもったいない人だということも、重々理解していますからこれ以上ご迷惑はお掛けしません。

仕事以外でもう二度と会いませんからお姉さんもご安心くださいと、君は姉貴に深々と頭を下げて公正を期すことを約束する。

脛に傷持つアイデンティファイな自分とはエコトーンにはなれないから、俺とは別れると言って部屋から出て行った君を追い掛ける。

姉貴は俺を連れ戻しに来ただけで君のことを言っているんじゃないし、そもそも付き合っていることすら知らないから気にすることはない。

君の心の扉を叩きながら話を聞いてと声を掛けてそう言っても、皆に迷惑だし話すことなんてありませんと有無を言わさない。

君は仕事にプライベートは持ち込まない完璧なスマートさで、寧ろ皆に迷惑を掛けているのはグチグチ言っている俺だ。

悩み事は触れて欲しくないパターンと聞いて欲しいパターンがあるようだけれど、俺の場合はダラダラ垂れ流すパターンらしい。

身分の差を超えて立場の違いを忘れてとそう言えなかったのは、それが君を傷付けてしまうと思ったからだけれど、身分も立場も一気通貫に気にしているのは俺の方。

退職を申し出れば何か不満なことでもあるのかと聞かれたけれども、良い会社で社長も同僚も良くしてくれて加えて高い給料ももらえている。

今までと比べてもの凄く幸せ過ぎてこれっぽっちも不満なんて無い、しかしながらお姉さんのこともあるし皆が気を遣ってくれていて申し訳なさ過ぎる。

複雑な家庭環境なのは分かるし金持ちと住む世界が違うのも分かるけれど、それとこれとは話が別で君が君を否定する必要はどこにもない。

最初は事務員が足りないし頼み込んで来るしで雇ったのは良いけれど、判断材料が不足していて元を取れるかは分からなかった。

それでもまだ何も分からないというのも立派な情報ではあることだし、外面から内に回ればそのスタイロメトリーな内面が分かるもの。

今ではなくてはならない人材になってくれて嬉しい誤算というか、かけがえのない人財を得たと思っているから君との出会いに感謝よ。

社長に呼び出されたと思ったら君が思い詰めて退職まで願い出たと言われて、姉貴のせいだと頭を抱えて言う俺を社長はピシャリと一喝する。

姉のせいにするんじゃないし親や姉を説得するのはお前の仕事であり、ロミジュリじゃあるまいしそんな物語を背負っても誰も同情なんてしない。

揉めるのは大いに結構だけれども一頻り喧嘩したらサクッと仲直りしろ、実家の親と姉から逃げていないでやるべきこととして向き合え。

三角関係のもつれにバンバン尻を叩く社長は流石社長と言うべき人で、監護な喫水線の票が割れようが白煙に起請文を飲んで。

突拍子もなく何度溺れたとしても俺が引き上げるから大丈夫と言えるように、大輪の花の記念写真には合釘固定の三脚を立てようと決める。

決めた途端に姉貴がまた来たものだから因縁の宿命の巡り合わせか、我儘はここまでなんて上から目線で言われたなら俺は家を出る覚悟であると。

まだそんな収入源がチップリングな投扇興になるような甘いことを言って、今以下の生活なんて悠久の時を超えても出来るわけがないと返される。

初期投資の入手経路は見晴らしの良いゴールデンドロップであったけれど、それがしのべることになっても取り壊してしまったとしても。

俺は君が好きだし君と居ると楽しいし俺を俺自身を見てくれていて、俺は君と居たいから俺は君と居ることを選ぶんだ。

俺と姉貴が睨み合っていれば君が仕事のことで用事と入って来たから、これ幸いと君の手を掴んで引き寄せて手始めに姉貴に向かって宣言する。

今までは誰にも聞かなかったし誰も求めもしなかったけれど、俺は君と結婚したいし絶対するから姉貴は金輪際口を出すな。

そのためだったら家と縁を切る覚悟も出来ているしそれくらい君が好きだから、俺のピロティよりも結索な菩提樹の手の内をさらす。

姉貴は一瞬だけ言葉に詰まったように目を見開いて次に大きく息を吸い込んだから、また怒声を浴びせられると思ってグッと力を入れて身構える。

しかし俺の想像とは違って大きな大きな溜息が聞こえてきただけで、いつもの倹飩で剣呑な雰囲気はまるで無く毒牙を抜かれたよう。

別に反対なんてしていないし問題視しているのはそこじゃないから、いつもヘラヘラしているか意地を張っているかのどちらかで。

着の身着のまま口だけで乗り切れる程現実のフロアマップは甘くはないし、実家の事業の手伝いをしないならきちんと両親とも話し合え。

とんちを繰り返し反発して振り回すんじゃなくて人力の路面電車を納得させろ、可愛い弟の為なら姉ちゃんが一肌脱いであげるから。

慳貪なテグスで芸術肌である姉貴のスケッチは俺の知らないところで、いつの間にかしっかりとしたリーディンググラスの写生になっていた。

そんなもん言われないと分からないしそれなら最初から言ってくれよと、悪態をついてぎゃあぎゃあ叫んでも姉貴はどこ吹く風。

極端なのよ何事も程々が良いのよとお姉ちゃん面なんかされても、ありとあらゆることに突っ込んでいく姉貴にだけは言われたくないわ!
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