上司のヒミツと私のウソ
 真相を知りたくて、安田の顔を見るたびに言葉がのどまで出かかる。尋ねるチャンスは何度もあったのに、どうしても聞けなかった。尋ねれば、安田はきっと隠さず正直に答える。それが怖かった。

「意外とがんばってるじゃん」

 少し離れた場所でビル街を見下ろしていた私は、ふいに声をかけられてびくっと肩をふるわせた。

 なんのことをいっているのか、すぐにはわからなかった。貯水槽の下の段差に座っていた安田が、指に挟んだ煙草をひらひらさせた。


「禁煙。なんか理由でもあるわけ?」

 私はすぐには答えられなかった。

「ま、別にどうでもいいけどね。私には関係ないし」


 もう限界だ。心の中を海に例えると大嵐、波は荒れ狂って決壊寸前だった。

 この先、胸の中では二人の仲を疑いながら、表面上は知らない顔をして、同じ職場で働き続けるなんて無理だ。


「あのさ」


 いいかけたとき、視界の端に黒い塊が映った。はっとしてそちらに目をやると、南側の非常口から矢神が出てきたところだった。矢神は私を見つけると、露骨にいまいましそうな顔をする。
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