上司のヒミツと私のウソ
「おいおい。冗談だろ」

 ポツリと雨粒が落ちてきて、矢神が舌打ちしながら非常口に引き返していく。矢神の姿が屋上から消えても、私はしばらくその場に立っていた。


「濡れるわよ」

 雨脚が激しくなってきたとき、安田が立ち上がった。貯水槽の下から離れ、北の非常口に向かう。私ものろのろとした足取りで安田の後を追った。


「なるほどね」


 非常階段を降りながら、安田がつぶやいた。

「前から怪しい男だとはおもってたけど、そういうことか」

「……知らなかったの? 課長の本性」

「知らなかったなー」


「でも、付き合ってるんでしょ?」


 私の問いに、安田が階段の途中で足を止めて振り向いた。


「は? 誰が?」

「あんた」

「誰と?」

「矢神課長」

「はあっ? なにそれ。ギャグ?」

 安田は背中を折って笑い出した。非常階段に安田の甲高い笑い声が響く。
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